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神戸地方裁判所 昭和57年(わ)1159号 判決

本籍

徳島県板野郡土成町大字土成字落合二八番地

住居

兵庫県尼崎市塚口町四丁目四七番地の七

医師

澁谷嘉晃

昭和六年七月一三日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官村山博俊出席のうえ審理し、つぎのとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一、八〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、尼崎市塚口町四丁目四七番地の七において、産婦人科小児科を診療目的とする澁谷医院を経営しているものであるが、所得税を免れようと企て

第一  昭和五四年分の所得金額が六、〇〇二万八、三八一円(別紙修正損益計算書甲の1・2・3・4参照)で、これに対する所得税額が二、七五四万五〇〇円であるのに、診療収入の一部を除外するなどの不正の行為により所得を秘匿した上、昭和五五年三月一四日、兵庫県尼崎市西難波町一丁目八番一号所在の所轄尼崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が二、一二三万四七三円で、これに対する所得税額が五〇四万九、二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の所得税二、二四九万一、三〇〇円を免れ

第二  昭和五五年分の所得金額が五、六六九万五、二二〇円(別紙修正損益計算書乙の1・2・3・4参照)で、これに対する所得税額が二、四九一万七、八〇〇円であるのに、前同様の不正行為により所得を秘匿した上、昭和五六年三月一四日、前記尼崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一、五二七万六、四七六円で、これに対する所得税額が二二〇万一、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の所得税二、二七一万六、五〇〇円を免れ

第三  昭和五六年分の所得金額が五、三五四万七、二〇六円(別紙修正損益計算書丙の1・2・3・4参照)で、これに対する所得税額が二、一八三万八、四〇〇円であるのに、前同様の不正行為により所得を秘匿した上、昭和五七年三月一五日、前記尼崎税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一、六三四万九、四四〇円で、これに対する所得税額が二七八万六、八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の所得税一、九〇五万一、六〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人の収税官吏に対する質問てん末書八通

一  澁谷幸子の検察官に対する供述調書

一  繁田耕作、岩田カメノ、樋口益江、佐藤由美子(二通)、谷山光代(三通)、澁谷光平及び澁谷幸子(二通)の収税官吏に対する各質問てん末書

一  尼崎税務署長作成の昭和五七年九月三〇日付証明書

一  収税官吏作成の同年五月二五日付現金預金有価証券等現在高確認書二通

一  収税官吏作成の同日付現金預金有価証券等現在高検査てん末書

一  収税官吏作成の同年六月三〇日付、同年七月五日付、同月七日付、同月二三日付、同月三一日付(二通)、同年八月六日付、同月一〇日付、同月一三日付、同月一四日付、同月一八日付(二通)、同月一九日付(二通)及び同月二一日付(四通)各査察官調査書

一  猪澤博(同年五月二六日付、同年六月三日付及び同年七月三〇日付)、親谷和雄(三通)、政井謙允、井川渚、中野澤信及び神田清茂作成の確認書

一  収税官吏作成の脱税額計算書説明資料

一  押収してある賃金台帳(含む付属書類)一冊(昭和五八年押第五一号の1)、無題給食ノート一冊(同押号の4)及び給食ノート一冊(同押号の5)

判示第一及び第二の各事実につき

一  押収してある収入ノート(53・1~55・12分)一冊(同押号の3)

判示第一の事実につき

一  尼崎税務署長作成の同年九月二一日付証明書(昭和五四年度分所得税確定申告書)

一  収税官吏作成の同日付脱税額計算書(同年度分)

判示第二及び第三の各事実につき

一  片山恵以子の収税官吏に対する質問てん末書

判示第二の事実につき

一  尼崎税務署長作成の同日付証明書(昭和五五年度分所得税確定申告書)

一  収税官吏作成の同日付脱税額計算書(同年度分)

判示第三の事実につき

一  尼崎税務署長作成の同日付証明書(昭和五六年度分所得税確定申告書)

一  収税官吏作成の同日付脱税額計算書(同年度分)

一  板山キミ、坂井スエノ、橋本まゆみ、加賀真理子、木澤恵子、宇都宮孝子、佐藤由美子及び飯塚富志子作成の各確認書

一  押収してある収入ノート(56・1~57・5分)一綴(同押号の2)

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為はいずれも昭和五六年法律五四号附則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項、所得税法一二〇条一項三号に、判示第三の所為は所得税法二三八条一項、一二〇条一項三号に該当するところ、情状により判示第一及び第二の各罪については改正前の所得税法二三八条一項、判示第三の罪は同法二三八条一項によりそれぞれ懲役及び罰金を併科することとし、各罰金額については同法二三八条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年及び罰金一、八〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは同法一八条により金三万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、被告人が現行税制上過大な優遇措置を与えられている医師でありながら、さらに、不正な方法で昭和五四年度から同五六年度までの三年間にわたりその所得を秘匿して合計六、四〇〇万円余の所得税をほ脱した事案であって、ほ脱額は高額であるとともに、そのほ脱率は極めて高いこと、自己申告納税制度においては課税所得の算定にあたり納税者の裁量的判断の幅が大きいだけに、合法、非合法な手段で税負担を回避、軽減する機会が多いことから、脱税が発覚したときには、国庫の受けた損失を補てんすれば足りるという単に財政収入確保のための制裁にとどまらず、租税負担の公平を侵害するものとしての見地から厳しい処罰こそが納税倫理意識のより一層の覚醒強化のために必要であることなどを併せ考慮するとき被告人の刑事責任は重いものといわなければならない。

しかしながら、犯行の動機は、将来の病院改築費、子女の教育費などの蓄積を図ったというものであって、全く同情の余地がないものとはいえないこと、犯行の主たる方法は収入の一部除外と架空経費の計上などによるものであって比較的単純かつ初歩的なものであること、本件取調べの過程において、事実のすべてを自供し、公判廷においても、その非を改悟反省し、潔くこれらの行為の責任をとり再出発の心境にあることが認められること、現在では、修正申告による本税、重加算税、延滞税及び地方税を完納するとともに、経理事務の改善、明朗化に意を尽くしていること、被告人には前科前歴はなく、医師として勤勉でその信用も厚いことなどの有利な諸事情も認められるので、これらを総合考慮し、被告人に対し主文掲記のとおり量刑のうえ、懲役刑につきその執行を猶予することとした。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 重村和男)

別紙甲の1

修正損益計算書(合計)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

別紙甲の2

修正損益計算書(事業所得)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自 昭和54年1月1日

至 昭和54年12月31日

〈省略〉

別紙甲の3

〈省略〉

別紙乙の1

修正損益計算書(合計)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

別紙乙の2

修正損益計算書(事業所得)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自 昭和55年1月1日

至 昭和55年12月31日

〈省略〉

別紙乙の3

〈省略〉

別紙丙の1

修正損益計算書(合計)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

別紙丙の2

修正損益計算書(事業所得)

租税犯の類型

過少申告脱税犯

自 昭和56年1月1日

至 昭和56年12月31日

〈省略〉

別紙丙の3

〈省略〉

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